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富士山の情報

歴史とデ-タ

一万年ほど前、古富士火山のある位置に新しい火山が噴火 し始めた。これが今の富士山の誕生である。現在の富士山は 7000年ほど前から噴火を続け、現在の高さの3776Mに至る。

富士山の高さ、位置、最大直径、周囲、体積、限界面積

高さは3775.6メ-トル。
位置は北緯 35度21分5秒東経 138度45分1秒。
最大直径は東西約39キロメ-トル、南北約37キロメ-トル
周囲は山麓153キロメ-トル、山頂 3キロメ-トル
体積は約1174立方メ-トル
限界面積は約900平方キロメ-トル

富士山のマメ知識

富士山の構造、富士山は4階建てである。

小御岳、古富士の二つの古い火山の上にできたとされて いた富士山の地下に、小御岳よりさらに古いとみられる 第四の火山体があることが東大地震研究所のボ-リング 調査で分かった。新たに見つかった火山体は、 「先小御岳」と名付けられ、数十年以前から活動して いたらしい。富士山の形成史を知ることで新たな富士山 の見方ができるかも?!

  • 富士山は地質学上からは富士火山と呼ばれている。
  • 噴火した溶岩と火山砕屑物(火山岩塊、火山灰等) が交互に積もった成層火山。
  • 富士が使われるようになったのは、 今から約100年前である。
  • 富士という名前がつけられている火山。 蝦夷富士、津軽富士、岩手富士、薩摩富士等。
  • 富士火山周辺の地質は中新世前期の西八代層群が 一番古く、これをおおって中新世中期、後期の富士川 層群相当層が分布し、さらに、その上位には、 新第三紀末の鮮新世、及び第四紀の諸岩類が累積分布。
  • 江戸時代中期になると富士講という 富士山信仰が盛んになりました。 富士山麓の人穴が聖地として知られている。
  • 富士登山をした最初の外国人は、 イギリスの初代駐日公使ラザフォ-ド.オ-ルコックと 言われています。

富士山の噴火

噴火の記録として江戸時代の宝永4年(1707)の大噴火が 最後になっている。 富士山の噴火の記録として大きな噴火を三大噴火と呼び、 延暦、貞観、宝永がこれに当たります。

延暦の大噴火[延暦19年、800年]

噴火は35日間続き、火山灰が雨のように降ったそうです。 このため、東海道の足柄の道が埋り新しく箱根を通る道が 出来たそうです。

貞観の大噴火[貞観6年、864年]

地震と一緒におこり、これが精進湖と西湖をつくったそうです。

宝永の大噴火[宝永4年、1707年]

最も新しい噴火であり、この噴火は昼間でも灯りをつけな ければならない程薄暗くなったそうです。 このとき宝永山(2693m)ができたそうです。 宝永4年、1707年に地震(マグニチュ-ドは8,2と推測)がおき、 その49日後富士山が爆発しました。 多数の餓死者を出した大災害となったそうです

富士山の噴火
出典状況
781年(天応元年)続日本記火山灰を噴出
800年(延暦19年)日本後記山頂火口からの大噴火
826年(天長3年)寒川神社日記録噴火
864年(貞観6年)三代実録北西山腹から大噴火
870年(貞観12年)寒川神社日記録山頂火口からの小噴火
932年(承平2年)富士史大宮浅間神社焼失
937年(承平7年)日本通記北東側の側火口から溶岩流出
999年(長保元年)本朝世紀南斜面で噴火
1017年(寛仁元年)富士史北方三箇所で噴火
1033年(長元6年)日本記略南斜面へ溶岩流出
1083年(永保3年)扶桑略記側火口から噴火
1511年(永正8年)妙法寺旧記噴火
1560年(永禄3年)日本災異志噴火
1700年(元禄13年)日本災異志噴火
1707年(宝永4年)折たく柴の
記等文献貢献
宝永山を作る

山頂と宝永山

山頂は、南北約800m.東西約500m。噴火口の内径は約500m.深さは約200m。
宝永山は標高2702mで、宝永の噴火の際に古富士火山の山体が盛り上がったもので 宝永火口の東南端にある赤岩は、古富士火山の一部が露出したものです。

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